長崎県平戸市民病院様

登録日:2015年6月15日

 いまでも、かくれキリシタンの人はいるんですよ」
 えっ!?それって江戸時代の話では?
 思わずもう一度聞き直すと、平戸市民病院総務班の豊嶋さんが笑顔で返してくださった。
 260年もの激しい弾圧と迫害を受けながら、当時の信仰を現在に至るまで受け継ぐ人びと。解禁後もカトリック教会には合流せず、祈りの言葉「オラショ」を唱え、禁教時代の伝統を守るかくれキリシタン。なかでも平戸島北西の生月(いきつき)島は、16世紀末に島民の多くがキリシタンになったという歴史がある。生月大橋によって平戸島〜長崎と地続きになった現在でも、島にはかくれキリシタンとしての信仰が脈々と息づいているという。

 国際拠点としての平戸の歴史は、6世紀の遣隋使にまでさかのぼるらしい。16世紀には日本で最初の南蛮貿易港として、イギリスやオランダとの交流が始まる。フランシスコ・ザビエルらイエズス会の宣教師もこの地を訪問、布教活動が広がった。現在でも人口の約1割がキリスト教徒という平戸市には、人口3万人余に対して、カトリックの教会が14もある。信徒は、結婚式や葬儀も教会で行うので、信徒ではない人も教会に触れる機会がある。宗教、宗派を問わず、平戸という街には、教会は無くてはならない存在なのかもしれない。
 その一つ、田平(たびら)天主堂を訪れてみた。入り口に立つと、いままでとは違う空気に包まれ、一瞬にしてタイムスリップしたような感覚に陥る。レンガで覆われた外観に、ステンドグラスの窓がひときわ美しい。庭の草木も手入れが行き届き、信徒の方々の思いに触れた気がして、心が洗われた。
 隣の墓地には、十字架を載せた墓石が並ぶ。まるで日本ではないかのような光景に、目を奪われ、思わず息を飲んだ。
 国指定重要文化財のこの教会は、平成28年度世界遺産登録を目指している。

キリスト教徒の墓地 田平天主堂の庭 田平天主堂のマリア像

 縦長の平戸市のほぼ中央に位置し、7科100床を擁する平戸市民病院は、1996年4月、国保紐差(ひもさし)病院と市立南部病院の合併によって開設された。

平戸市民病院 外観 平戸市民病院前のバス停

 「地域とのふれあいを大切に、地域に愛され信頼される、包括医療の実践」
 創立以来の基本理念そのままに、地域密着型の同病院は「元気老人を創出するための基礎である健康づくり」に力を入れている。

 「治療するだけではなく、健康を創っていく。働き手が障害を負わない、ということが大事なんです」
 そう力強く話してくださる押淵院長は、平戸での医療貢献30年。そのキャリアの中で、市民の高齢化にいち早く注目し、地域医療の手本となるべく「地域包括ケアシステム」を提唱してこられた。
 平戸市は、漁業や農業などの第一次産業が盛んな土地である。第一次産業は、元気な限り、健康である限り、定年もなく一生現役で働くことが出来るのだ。ならば「元気老人の創出」こそが、安心して暮らせる地域づくりに直結する。
 治療やリハビリ、在宅ケアに加えて、健康増進や疾病予防で、死因の70%を占める生活習慣病の患者を減らす。そのために学校や施設を回り、市民全体の健康意識を高めることにも力を注いでいるという。結果は数字にも表れ、後期高齢者の占める割合が長崎県下19市町中もっとも高いにもかかわらず、高齢者医療費は抑制され、介護保険料は県下18位の低さとなっている。
 長崎大学病院の「へき地病院再生支援・教育機構」のホームページに、スタッフブログがある(http://blog.hekichi-byoinsaisei.net)。このページには、平戸臨床教育拠点として平戸市民病院の取り組みの様子が、毎日のようにアップロードされている。その中に、ボランティアで草刈り作業中の病院スタッフと、地域住民とのやりとりがあった。
 「平戸市民病院の人がやりよるとですか?」
 「はい!」
 「ありがとうございまーす!」
 とくに何ということもないやりとりではある。だが、読んでいて本当にホッと温かい気持ちになる。このような、なにげない住民とのふれあいこそが、地域医療の基礎に、ひいては地域包括ケアシステムの土台になっているのかもしれない。

押淵院長

平戸市民病院で導入した弊社システムは、PACS(ShadeQuest/Serv)、Report(ShsdeQuest/Report)の構成となっており、横河医療ソリューションズ㈱のパッケージを核にIntegrate-Q(中小規模のお客様向けの運用に最適化)のシステム構築を行った。また、既設の電子カルテシステムとのオーダ連携、患者ポータブル(マトリックスビュー)の連携、遠隔読影システム(ドクターネット様)と連携し、画像送信や読影結果の取り込みも行っている。
 同システムを導入したことにより、画像連携等で読影環境が整い、所見が作成しやすくなり、検索機能によりレポートも読みやすくなった、とのご感想をいただいた。
 「満足度、ほぼ100パーセントです」
 放射線科の岩永技師長が、満面の笑みで話してくれた。何よりも嬉しい言葉である。
 弊社エンジニアが外科の堤先生に操作説明をする姿を目にした。先生からも高評価をいただいた一方で、宿題もいただく。こういったご要望に対して、  満足のいく回答ができるかどうかが、弊社エンジニアとしての腕の見せどころだ。
病院スタッフと弊社担当者の雑談では、お気に入りのコンビニメニューについて「実に美味しい!」と盛り上がっていた。気さくにお付き合いいただいていることが肌で感じられる。
 「聞きたいことがあれば、いつでも電話で聞いています」と岩永技師長。弊社が地元企業であることを武器に、今後も末永く、良好な関係を続けていけるよう努めたい。

サーバ 岩永技師長 豊嶋さん

 美しい海と、異国情緒あふれる街並み。平戸は映画の撮影場所として有名だが、実は車のCM撮影などにもよく使われているという。
 平戸といえばヒラメ、と言われるほどに有名だが、今回はオフシーズンのためお目にかかる事はできない。しかし、それを補ってあり余るほどの、脂がのった魚介類が私を出迎えてくれた。
 そして、幻の和牛「平戸牛」。年間わずか600頭ほどしか出荷されないという、稀少な和牛である。平戸の子牛の中には、神戸牛や松坂牛になる牛もいるそうだ。子牛のときに胃袋を丈夫に育て、より多くの飼料を食べさせて大きくさせる、という面白い飼育方法だという。
 恐る恐る箸をつけた平戸牛は、適度な霜降りと赤みがバランスよく、口の中で甘くとろけた。それを大麦100パーセントの焼酎「かぴたん」で流し込む。なんとも贅沢な夜である。福田酒造で作られる「かぴたん」は、かつて平戸に置かれた南蛮貿易の商館長の意味だという。聞けば平戸牛にも、南蛮貿易で輸入された牛との混血が流れているとも。和洋混淆を長い時間で醸した、まさに平戸の歴史を舌で堪能するひとときであった。

平戸牛 平戸の魚介

 驚いたことに平戸市は、いま話題の「ふるさと納税」でも、独自のアイデアで寄附額全国第一位を独走している(2014年度)。パンフレットから特産品を選ぶシステムをいち早く取り入れ、次いで有効期限なしのポイント換算を導入。ポイントを貯めてから特典を選べることで、寄附額が60倍に跳ね上がったという。現在はクレジットカードからでも寄附できるようになっている。
 「他の自治体が同じような特典を出してくるので、平戸はその一歩先、さらに一歩先を考えているんですよ」
 内情を聞かせてくださる総務班の豊嶋さんは、実は平戸市の観光課勤務の経験を持つ。そんな方が地域医療の現場で力を発揮されているのも驚きだが、同時に平戸は昔も今も、新しいものを取り入れ、新しい事を生み出す力が大きいのだと思い知らされた。

 平戸市民病院は、地域医療を学ぶのに適した研修先として、全国から医師の受け入れも積極的に行っている。
 「ここには、全国の新人医師の5パーセントが研修に来ているんですよ」
岩永技師長が教えてくださった。子どもから高齢者まで幅広い患者さんと、全ての診療を院内で完結させることができる点が、研修に適した環境なのだろう。
 研修を終えてから、あらためて平戸市民病院へ戻ってくる医師もいるという。岩永技師長ご自身も、福岡の病院で勤めた後に地元の平戸へ戻って来られたそうだ。
 しかし他の地方都市と同様、平戸でも第一次産業を除けば、残念ながら働ける場所は限られている。
 「働く場所さえあれば、平戸に戻ってきたい人はたくさんいると思いますよ」
 海が美しく、食べ物も美味しく、温厚な人たちが多いこの島は、やはり居心地がいいのだろう。今年の4月には、元佐賀県武雄市長の樋渡さんが平戸市の「地方創生アドバイザー」に就任された、と新聞で読んだ。新たな雇用が生まれて、若い人たちが戻り、島がよりいっそう活気にあふれることを期待して止まない。

 1977年に出来た平戸大橋のおかげで、平戸島は長崎本土と地続きになった。船を使う必要もなくなり、ここが離島だという事をつい忘れてしまいそうになる。平戸島側の平戸大橋公園からは、青い海と空に、真っ赤な橋のコントラストが印象的だ。病院の帰りに立ち寄った根獅子(ねしこ)の海は、美しく透き通っていた。ここにもかくれキリシタンの歴史がある。地元の人はこの浜を聖地とし、歩くときは履物を脱いで素足で、という習慣があったという。

平戸大橋 根獅子の浜

 平戸に架かっているのは、平戸大橋だけではない。思えば平戸の歴史そのものが、日本と外国、とりわけ西洋との架け橋だった。ビールやタバコとともに、日本の西洋医学は平戸が発祥なのだという。その意味では「へきち病院再生支援・教育機構」の中心で活躍する平戸市民病院もまた、これからの様々な地域医療と住民をつなげる、大きな架け橋なのではないだろうか。
 いまでは厚生労働省が国策として掲げる「地域包括ケアシステム」に、30年も前から取り組み続けている平戸市民病院。そして、常に時代の一歩先を見つめる、この島の進取の気性。いま、わたしが平戸から目が離せない理由は、食べ損ねたヒラメと日本酒「長崎美人」のせいばかりでは、決してない。

福岡営業所 <高橋理恵 取材日:2015年4月22日>
テクノセンター <中島大地、奥村春香 取材日:2015年5月13日>